かけ算の順序に対する学識者たちの声1

ノーベル生理学・医学賞本庶佑さん

 本庶佑さんは研究の原動力を聞かれると「何かを知りたいという好奇心だ」と即答する。研究する上で大切なことは「好奇心」「勇気」「挑戦」「確信」「集中」「継続」。それぞれの英語の頭文字から「6つのC」と表現する。それは自身の人生そのものだ。
 「定説を覆す研究でなければ科学は進歩しない。学問の世界も保守的で、定説に沿わないような論文はなかなか認められず苦労するものだが、後世に残る研究とはそういうものだ」
 平成17年、京都大医学部の最終講義では、こう語った。「目標は難しいほど魅力がある。誰もが見向きをしないような石ころを拾い上げて、ダイヤモンドに仕上げていく。どうなるか分からない混沌とした状態の中から立ち上げていくところに大きな魅力を感じる」

 科学者を目指す若い人には、こんな言葉を贈る。「教科書に書いてあることが全部正しいと思ったら、それでおしまいだ。教科書は嘘だと思う人は見込みがある。丸暗記して、良い答案を書こうと思う人は学者には向かない。『こんなことが書いてあるけど、おかしい』という学生は見どころがある。疑って、自分の頭で納得できるかどうかが大切だ」

 「現在も特別教授として研究チームを引っ張る。世界との競争は激しいが「僕らは100メートル走のような競争はしない。皆があっちを向いているときは、こっちを向いてやる。わが道を行く」と語った。」

 

数学者たちの「順序」についての見解

◆ 京都大学名誉教授で,学校図書の算数教科書『みんなと学ぶ 小学校 算数』の代表の1人である一松信氏が,2015年1月刊行の新書『数の世界』の中で次のように書き(pp.37-38),みかんを配る問題で2×3でも3×2でもよいと解説しています。

 交換法則は図1.8のように縦横に整然と並べた方形配列を考え,縦横どちらもそれぞれの並びごとに数えてまとめれば総数は同じと説明します。しかし単位にこだわって例えばみかんを3人に1人2個ずつ配る総数の計算で,2個×3=6個を正解とし,3×2を誤りとする先生が多いというのが気になります。3人にまず1個ずつ配り,それを2回反復したと考えれば3×2=6個で正しいでしょう。これは交換法則2×3=3×2の説明にもなると思います。

 

◆ 東京大学名誉教授で,学習院大学理学部数学科教授の松本幸夫氏は,数学セミナー2015年2月号に「3×5 vs. 5×3の問題」と題する記事を書き(pp.54-58),以下の主張を中心として,交換法則を学べば3×5と5×3の区別をすべきではないと説いています。

 初めて掛け算を習う子供たちに,「みかんが3つのったお皿が5つあります。このときのみかん全部の数を計算するのが掛け算です」と説明してもまったく問題ない。そのあと,掛け算を表す式を教えなければならない。上の問題は3×5でも5×3でもどちらでもよい。

 しかし,初めて掛け算を習う子供たちに「どちらでもいいんだよ」と教えれば,戸惑う子もでてくるであろう。そこで,とりあえずどちらかの書き方,たとえば,このときの掛け算の式を3×5=15と書くように指導する。導入の段階では,どちらかの書き方に決めておいたほうが説明しやすいであろう。そして,現行の教科書がやっているように,掛け算を使ういろいろな場面を考えたり,九九の表を作ったりして,掛け算に慣れさせる。そして交換法則3×5=5×3に気づかせる。交換法則によって,「みかんが3つのった皿が5つある」ときの掛け算の式を3×5と書いたのが暫定的な約束だったことを説明することができる。

 つまり,この問題を式で書くとき,みかんの数(3)を先にして3×5と書いても,お皿の数(5)を先にして5×3と書いてもいいんだよ,ということを教えることにができる。
 ところが,あくまでも暫定的な約束「ひとつ分×いくつ分」にこだわる人がいて,交換法則の意味は「みかんが3つのった皿が5つあるとき」のみかんの総数と「みかんが5つのった皿が3つあるとき」のみかんの総数が等しいという意味だ,という解釈しか認めないようである。

  そのように解釈しないのは間違った考えだと主張するのはおかしい.交換法則の登場は掛け算の順序には意味がないことを気づかせるよいチャンスであるのに,教えるほうが掛け算の順序にこだわるあまり,そのチャンスを逃しているのだ
  
  『教科書会社の「横並び志向」のため、本来は「暫定的」であったはずのかけ算の順序が1つ分×いくつ分の順序に40年以上も固定されている。そのために、これこそ正しいかけ算の順序であるという意識が芽生え、交換法則が軽視されている。逆の順序で答えた生徒がバツをもらったり、「間違った考え」として矯正される事態も起こっている。これでは「逆の順序でも良い」と指導する教師が「目を付けられる」こともあるのではないかと心配になる。なにやら「思想統制的」な気配も感じられる事態である。かけ算の順序を決めておけば、教育上それなりに便利なのかも知れないが、しかしどんな教育理論にせよ、そのアウトプットとしてのかけ算の特定の順序が正しいというような指導に行き着くとしたならば、その教育理論は間違っていると言わざるを得ない。」

 

◆ 東北大学大学院理学研究科数学専攻助教の黒木玄氏は,季刊理科の探検2014秋号に「かけ算の順序強制問題」と題する特別寄稿をよせ(pp.112-115),歴史的なことや教育・調査の現状を示した上で,「教科書などにある論外な教え方は教育現場からきちんと排除されるべき」「この問題は単なる氷山の一角」と主張しています。

 

◆ 名古屋大学名誉教授で椙山女学園大学教育学部教授の浪川幸彦氏は,数学セミナー2014年9月号の連載記事「変化と関係」(pp.62-65)の脚注で,以下のように記し,順序の問題に対する教育的な観点からの見解を述べています。

 aを被加数,bを加数と呼ぶ。この意味付けの場合,aとbとは交換可能ではない(結果としてはそうなるが)。文章題を式に直したとき,順序を問題にすべきかどうかがいつも議論になるが,教育的な観点から見たときの結論は明らかである。

 すなわち子どもが足し算(あるいはかけ算)の意味がきちんと分かるようになるまでは表示の順序は厳密であるべきで,それが自由にできるようになったら気にしなくてもよい。

 

◆ プリンストン大学名誉教授の志村五郎氏は,2014年8月刊行(書き下ろし)の著書『数学をいかに教えるか』で「掛け算の順序」の章を設けて(pp.45-48),以下の通り記し,数の掛け算においてはどちらでもよく,順序の指導はやめるべきと結論づけています。

 私は三年ばかり前までこの奇妙な事実を知らなかった。私が小学生であった時からその話を聞いた三年前までそんな区別をする人がいるとは思いもよらなかった。どうやら1950年代に一部の教育家が「乗数」と「被乗数」という言葉を発明して「掛け算の順序」という愚劣なことを言い出したのが始まりらしい。それを正確に調べる意味もないと思うので,単に私の立場を書く。

 その問題を示されたならば,これは掛け算の問題であるとすぐ認識する.そしてふたつの数がある.だからそのふたつの数を掛け合わせればよいので,頭の中にあるのは「ふたつの数の積」という概念だけであって、その順序は問題にならない.強いて言えば示された数の順に3×5と書くのが自然かも知れないが、後の方を先に書いて5×3にしたってよい。それだけの話である。

 単なる数の掛け算の話に戻ると,結局どちらでもよいのにどちらが正しいかを考えさせるのは余計なあるいは無駄なことを考えさせているわけである。だからそんなことはやめるべきである。